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東京地方裁判所 昭和30年(行)25号 判決 1959年4月07日

原告 斎藤肇

被告 東京国税局長

主文

被告が原告に対し昭和二九年一二月二日付でした原告の昭和二八年度分所得税の総所得金額を金四八七、三三七円とする旨の審査決定のうち、金二四八、四四三円を超える部分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(双方の申立)

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求めた。

(請求の原因)

原告は、川崎市木月四三四番地において「亀ずし」の商号ですし屋営業を営む者であるが、川崎税務署長に対し昭和二八年度所得税の総所得金額を二六八、九四〇円と確定申告したところ、四九四、七〇〇円との更正処分があり再調査の請求をしたが棄却されたので、被告に対し審査請求をしたところ、被告は昭和二九年一一月二日付で右総所得金額を四八七、三三七円とする旨の審査決定をし、同決定は翌三日原告に通知せられた。

しかし、原告の昭和二八年度分の総所得金額は二四八、四四三円であるから、被告の審査決定のうち右金額を超える部分は違法であるのでその部分の取消を求める。

(被告の答弁及び主張)

原告の請求原因事実中、前段は認めるが、後段は争う。被告の審査決定は次のとおり全部適法である。

一、原告の昭和二八年度における総売上高は、すしの売上高が一、三三六、五〇〇円、酒類の売上高が五〇七、六〇〇円、合計一、八四四、一〇〇円である。しかして、原告は営業上の必要経費に関する帳簿類を備えておらないのでこれを推定するほかないところ、川崎税務署管内の同年度におけるすし業者の総売上高に対する所得金額(但し、減価償却費、雇人費及び遊興飲食税額を含む)の割合、すなわち所得率は三五、五%であるから、前記総売上高にこれを乗じた六五四、六五五円から、減価償却費一一、二〇一円、雇人費六六、〇〇〇円、遊興飲食税三七、四〇〇円を差し引いた五四〇、〇五四円が原告の総所得金額である。したがつて、この範囲内でなされた本件審査決定は全部適法である。

二、すしの売上高について。

原告はすしの売上につき、掛売以外のものについては帳簿類を備えておらないので、すしの売上高は推計するほかないところ、原告は当該年度において打酢として酢九斗九升を使用した。打酢はすし用飯米一釜(二升炊)につき二合の割合で使用されたから、年間を通じ四九五釜の飯米ですしを作つたことになる。そして、一釜から二七人分のすしができるから、原告は一三、三六五人分のすしを作つて販売した訳である。すし一人分の売価は一〇〇円であるから、すしの年間売上高は一、三三六、五〇〇円となる。

なお原告が炊き残りのすし米を自家消費したことがあつたとしても、本来自家消費分は原告の所得によりまかなわれるべきものであるから、消費時の通常小売価格により、これを売上に計上すべきである。

三、所得率について。

原告に適用されるべき所得率が三五、五%であることは前述した。なお原告主張三の事実については、訴外川口金次郎が原告主張のとおり申告したことは認めるが、川崎税務署長は右申告を是認せず、目下調査中であつて同人の所得金額の決定を留保している。

四、原告主張四の事実については、そのうち1並びに2の(2)、(12)、(13)の事実は全部知らない、2の(1)、(3)ないし(11)、(14)、(15)、につき各支払総額及び(16)の事実は認める、3は否認する。

(原告の主張)

一、被告主張一の事実中、酒類売上高、減価償却費、雇人費並びに遊興飲食税額は認めるが、その余は否認する。

二、同二の事実中、一釜当りの打酢の使用量は二合五勺であり、一人分一〇〇円は並ずしの売価であるほかは、すべて認める。

原告の一釜当りの打酢の使用量は右のとおり二合五勺であるから、年間に三九六釜すなわち一〇、六九二人前の飯米を使用したが、並ずし以外に上等のすし類も販売し、他面炊き残りの飯米を自家用に消費したこともあるので(ゆえにそれをすしの価格で売上に計上することは誤りである)、すしの年間売上高は一、一五二、二一〇円であつた。

三、同三の事実については、原告方に近い川崎市木月四〇九番地の「大和ずし」こと川口金次郎は、川崎税務署長に対し本係争年度における総売上高二、一五六、八八〇円、総所得金額二六〇、三七五円と申告しており、その所得率は一二、一%弱となるから、原告に対し三五、五%という高率の所得率を適用するものは誤りである。

四、原告の所得を、次の計算法によつて算出すると二四八、四四三円となるから、この点からみても被告の本件審査決定が一部違法であることは明らかである。

1  原告の粗利益

(一) すしについて。

先ず、すし一人前の原価を計算するに、すし米関係については、すし米一釜につき、米二升五〇〇円、酢二合五勺三〇円、砂糖四〇匁二〇円八〇銭、味の素一グラム二円六〇銭、合計五五三円四〇銭を要するところ、一釜よりすし二七人分のとれることは前述したとおりであるから、すし米関係の一人前の原価は二〇円五〇銭である。種もの(並すしの分)については、のり巻一本八円(のり五円、かんぴよう三円)、赤まぐろ二ケ一八円、白物(メタイ類)一ケ四円八〇銭、卵一ケ三円、煮物(アナゴ、シヤコ類)一ケ六円、貝類一ケ四円五〇銭、光物(コハダ、アジ類)一ケ五円であるから、一人前の原価は四九円三〇銭である。そのほか、割ばし、笹、しよう油、しようが等の一人前の原価五〇銭である。

したがつて、一人前の原価は七〇円三〇銭であるから、粗利益は二九円七〇銭となり、すしの粗利益率は二九、七%ということになるので、原告の年間におけるすしの粗利益は、前記売上高一、一五二、二一〇円の二九、七%すなわち三四二、二〇六円である。

(二) 酒類について。

酒類の売上高は被告主張のとおり五〇七、六〇〇円であるところ、これに対しその仕入高は、ビールが七一箱、一本平均一〇七円の計一八二、三二八円、清酒が三〇〇升、一升平均四八五円の計一四五、五〇〇円で合計三二七、八二八円であるから、酒類の粗利益は一七九、七七二円である。

(三) 右の合計は、五二一、九七八円である。

2  原告の必要経費

(1) 人件費       六六、〇〇〇円

(2) 交通費       一三、二〇〇円(仕入れのための元住吉、築地間往復一一〇円。一ケ月一〇回)

(3) 事業税       一六、一二〇円

(4) 遊興飲食税     三七、四〇〇円

(5) 自転車税         二〇〇円

(6) 固定資産税      一、二二四円(同税の全額は四、〇八〇円原告所有家屋の総面積一四坪二合五勺。そのうち営業用面積は四坪なるも、店舖部分は住宅部分に比し材料が良質なので、その価値は全体の三〇%に該当)

(7) 電気料金      一二、〇五三円(支払総額一三、三九二円。住居用二灯一二〇ワツト、営業用五灯四〇ワツト)

(8) ガス料金       三、二一四円(支払総額四、〇一八円。営業用八〇%)

(9) 燃料費       三〇、〇六〇円

(10) 水道料金      三、九四六円(支払総額五、三八六円。一ケ月一二〇円の最低基本料金相当部分のみ自家消費)

(11) 交際費       五、一六〇円

(12) 広告宣伝費    一三、九五〇円

(13) 修繕費      一三、〇五〇円

(14) 消耗品費     二五、二七六円

(15) 通信費(電話料金)二一、四八一円(全額営業用)

(16) 減価償却費    一一、二〇一円

(合計)    二七三、五三五円

3  したがつて、原告の総所得金額は、右1の粗利益五二一、九七八円から右2の必要経費二七三、五三五円を控除した二四八、四四三円である。

(立証省略)

理由

一、原告の請求原因事実中、前段の事実は当事者間に争いがない。

一、被告は、原告の本係争年度における総所得金額を算出する方法として、原告は、すしの売上については掛売以外については帳簿類を備えておらず、また、営業上の必要経費に関する帳簿類を備えておらないので、これらについては推計の方法による外がないと主張するところ、すしの売上につき掛売以外については帳簿類を備えておらないことは当事者間に争なく、また、証人天野八郎の証言によれば、原告方には営業上の必要経費に関しこれを明確に記載した帳簿はなく、存するのは只伝票位のものであつてそれも領収証等の裏付のないことが認められ、他に右認定を左右する証拠もないので、本件において原告の所得を算出するためには、いわゆる推計課税の方法によらざるを得ないものと認められる。

一、そこで、被告の主張の当否を検討する。

1、原告の本係争年度におけるすしの売上高については、先ず当該年度において打酢として使用せられた酢の量が九斗九升であることは当事者間に争がない。そして、すし用飯米一釜(二升炊)につき使用される打酢の量は、成立に争のない乙第三ないし第六号証並びに証人中原敏夫、天野八郎の各証言によれば約二合であることが認められ、これに反する証人川口金次郎の証言及び原告本人尋問の結果はその供述にあいまいな点が多く容易に措信できないし、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。そうしてみると、原告は年間を通じ四九五釜の飯米ですしを作つたことになるところ、一釜から二七人分のすしができることは当事者間に争がないから、結局原告は同年度において一三、三六五人分のすしを作つて販売したことになる。そして、すし一人前の売価は、最低一〇〇円であることも当事者間に争がないから、すしの年間売上高は少くとも一、三三六、五〇〇円であつたことが認められる。原告は、炊き残りのすし用飯米を自家用に消費したこともあるから、これを売上に計上することは誤りであると主張するが、右事実を証するに足る何等の証拠を提出しないから、これを採りあげることができない。

2、次に、酒類の年間売上高が五〇七、六〇〇円であつたことは当事者間に争がない。

3、右1及び2の合計は一、八四四、一〇〇円であるところ、被告はこれに対し三五、五%の所得率を乗じたうえこれから減価償却費等を差し引いて原告の所得を算出しているので、右所得率の当否をみるに、成立に争のない乙第一号証並びに証人中原敏夫、天野八郎の各証言によれば、原告の居住・営業する川崎税務署官内のすし業者(但し二軒を除く)の本係争年度における所得率の平均が三四、九%であること、原告の所得率は右三四、九%に減価償却率〇、六%を加えた数字であること、東京国税局管内の飲食業者の同年度における所得標準率が三五、五%であつたことが認められるけれども、しかし、成立に争のない甲第一号証、証人杉浦真徳の証言により成立を認め得る甲第二号証並びに証人川口金次郎、杉浦真徳の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、同税務署管内のすし業者の右年度における実際の所得率の平均が右のように三四、九%になるということは容易に措信し難いのである。すなわち、右の各反証によれば、同税務署管内のすし業者達の右年度における売上高は前記乙第一号証の「基本」欄にある額よりも概ね高額の一八〇万円ないし二四〇万円位の間にあることが窺われるから、その所得率は概ね一五%ないし二五%位になるものと推認せられるのであつて、乙第一号証に記載せられた業者四〇名中実に三三名までが一様に所得率三五%丁度という数字を示しているのは、同税務署があらかじめ業者に対しこの数字を内示して内面指導をした結果出た数字ではないかとの疑念が存するのみならず、原告方店舖の営業条件(立地条件、店舖の構造、営業の種類等)は他の業者に比し多少不利であつたことが認められるから、原告の同年度における所得率が(減価償却率を加えたとしても)三五・五%になるとは容易に認めることができないし、他に右認定をくつがえすに足る証拠がない。一体推計課税といつてもそれは、その方法による算出結果と客観的事実との間に誤差があつたとしても合理的にみて許容し得るという限度でその方法によることが許され得るにすぎないものであるから、右のように最早三五、五%という数字にこのような合理性を認めることができない場合には、原告の所得を右の所得率によつて推計することは違法であり、その結果得られた所得額は違法の部分を含むものといわなければならない。

一、しからば、原告の本係争年度における総所得金額を他の適法な方法により推計することが本件において可能であるかというに、原告はその主張四において、原告の本年度における粗利益から必要経費を控除した残額二四八、四四三円をもつてその総所得金額であり、これを超える部分が違法である旨主張するけれども、先ず粗利益の点につき、酒類についてはともかく、すしについては原告主張の事実に沿う証拠たる甲第一号証並びに証人川口金次郎、杉浦真徳の各証言及び原告本人尋問の結果中この点に関する部分は、いずれも正確な資料に基いたものというより、概ね不正確な記憶等を基としての記載ないしは供述とみられる面が多く、未だこれのみをもつてはすしに関する粗利益算出の基礎とし難く、また、必要経費についても、上述したようにこれに関する明確な帳簿がないのみならず、原被告間に争のある部分につき原告はその全部の立証をしておらない状況であるので、原告の本主張は採用することができない。

一、そうしてみると、結局本件においては原告の本係争年度における総所得金額は明らかにせられていないことになるから、被告の主張額、ひいては本件審査決定額の適法なることにつき結局証明がなかつたことに帰するところ、原告は本件訴訟において原告に金二四八、四四三円の所得のあつたことを自認しているから、被告の本件審査決定は右自認額を超える限度で取り消されるべきものである。そこで結局原告の請求を理由あるものとしてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 小谷卓男 秋吉稔弘)

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